ルネサンスを文脈として理解したい人におすすめ
エウジェニオ・ガレン『ルネサンス文化史-ある史的肖像』を読みました。
ルネサンスといえば、脱中世の始まり、人文主義の開花ですが、この本ではそれらの行間にあることがよくわかります。
そこで今回はエウジェニオ・ガレン『ルネサンス文化史-ある史的肖像』を読んで、ルネサンスを再考し、その歴史的意義をテーマにして書評を書いてみました。
エウジェニオ・ガレン『ルネサンス文化史-ある史的肖像』の書評
レオナルド・ブルーニの言葉を借りるなら、ルネサンス以前の時代は「七世紀の間暗黒時代が続いた。*1」状況であり、知の刷新が急務な時代であった。
また、キリスト教は純粋な独自性を失ってしまい、地上的な権力の道具となり、古代からの精神的・普遍的使命を忘れてしまった。
ルネサンスは文芸復興と一般にはいわれがちではあるが、その本質的には人間の再生である。
確かに文芸復興というのも間違いではないがそれはルネサンスの一面でしかない。
つまり、文芸復興はルネサンスという面に内在する点でしかないのだ。
本書で、「現代人は古代を超える可能性を古代の中に再発見しようと古代の知に立ち向かうが、彼らは模倣の中に新しい独創性に到達しうる方便を特定しようとしている。*2」と言及されているように、ルネサンス期の人々は文芸復興が前提にし、それらをベースに自分たちの知を再構築した。
つまり、ルネサンスにおける再生とは知の再生産であり、「死亡直後の人間が、新たな生に覚醒し美しい生き方を取り戻すことによる「再生」のようなものである。*3」と本書で言及されているように、ギリシアやローマの古典知と人々との間に起きた回心なのではないだろうか。
このことを体現しているのがペトラルカであろう。
中世の学者が古典研究を神学への道程と考えていたのにも関わらず、ペトラルカは古典研究に真理を探し求め疑い続けるという、自己と学問で向き合う態度をとっていた。
道徳哲学者と呼ばれることを好み、客観的真理ではなく真理を求める人間、つまり個人の内面に向けたという点が近代的な発想なのである。
このように、人文主義はヨーロッパの近代思想を形成する上で重要な要素となったのである。
近代精神の萌芽であるルネサンスはアルプスを越え、宗教的雰囲気を強く残した北方ルネサンスとして拡大していった。
このことが、のちの宗教改革と密接に繋がっており、ルネサンスで芽生えた人文主義は大きな歴史的な意義があるといえる。
さらに、ルネサンスの三大発明である火薬・羅針盤・活版印刷術の発展や普及もヨーロッパ社会の大きな歴史のうねりで大きな役割を果たした。
その中でも特に、活版印刷術は書籍やパンフレットの普及による大衆の知識向上に貢献した。
そのことが、人文学者や宗教改革者の著作を急速に広める役割を果たすことになる。
また、コペルニクスやガリレオ・ガリレイによる地動説は従来の天動説を覆す主張であり、中世的なキリスト教世界観に大きな動揺を与えていた。
人文学者がもたらした精神の視座と枠組みの根本的な変革の時代では、キリスト教的世界観の枠組みにとらわれることのなく科学の世界においても新しい思考が生まれた。
つまりここでも、人文学者たちの仕事が大きく役立っているのである。
中世における知は伝統的であり、有機的な縦の知であった。
ルネサンスにおける知は有機的な横の知であり、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロのような巨星をも生み出した。
今まで眠ったままの文献が発見され、図書館が文献を収集し、それらが「ギリシアやローマの古典知」とひとまとめにされたことが、ルネサンスの変革へとつながったのではないか。
これは20世紀の歴史であるが、第二次世界大戦後のアメリカは社会が混乱し、コンセンサスが分裂の危機にあった。
ベトナム戦争、公民権運動を巡って国家が怒りに満ちており、既成の価値観を壊す流動性の時代であった。
この時代の若者は親たちの世代よりも経済的に安定し、ライフスタイルや社会における自己の役割について個々の選択、つまり「自由」が許される世の中となり、人々の価値観が再編成された。
本書ではルネサンス 期の自由の獲得について、「ゲルマン国家としての神聖ローマ帝国とローマ教会それ自体の危機によって、新たに<自由>の獲得が容易になった。*4」という言及がある。
つまり、中世と近代の過渡期であり、流動の時代であったルネサンス期にこの時代なりの「自由」が獲得された。
そこで人々の価値観が再編成されたということは、後世のアメリカで起きたことと同じであるので、歴史的に見てもルネサンスにおける人々の価値観が再編成というのは必然だったのではないだろうか。
ルネサンスの時代において、書籍、美術、つまりメディアの活用に変革が起きて、それに呼応するように人々にもまた変革が起きた。
それと同様に、第二次世界大戦後の世界はテレビによるメディア革命の時代であり、テレビからやってくる情報が価値観の形成に影響した。
つまり、変革の時代には個人が抗うことのできない歴史上の大きな出来事が起点となり、自由のあり方や人々の価値観が再編成され、そこにその時代における最先端のメディアがつながる役割を果たし、大きなうねりとなり拡大していくのではないだろうか。
ルネサンスほどの大きなパラダイムは今後なかなか起きないかもしれないが、ルネサンスの変革の精神というのは、縦に進み続ける歴史という流れの中に内在し続けているのではないだろうか。
ゆえに、今を生きるわたしたちがルネサンスを再考し、その歴史的意義を再認識するということには大きな意味があるといえるだろう。
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*1エウジェニオ・ガレン『ルネサンス文化史-ある史的肖像』 平凡社<平凡社ライブラリー>、 2011年、24頁。
*2上掲書、71頁。
*3上掲書、12頁。
*4上掲書、246頁。
エウジェニオ・ガレン(Eugenio Garin)とは
エウジェニオガリンはイタリアの哲学者であり、ルネサンスの歴史家。
ルネサンスの文化史の権威。
リエティ生まれのギャリンは、フィレンツェ大学で哲学を学び、1929年に卒業。
エウジェニオ・ガレン『ルネサンス文化史-ある史的肖像』とは
ルネサンス研究の第一人者による最上の概説書。多数のルネサンス人を網羅し、哲学・美術に偏ることなく、教育、科学、魔術、占星術、文学、出版までを幅広く探求する。